毎年給与事務担当者を悩ませる年末調整作業。
事務手続きの煩雑さに着目した民間ベンダーによる年末調整システムの開発は、今まさに花盛りを迎えています。
しかし中小企業にとって、これらシステムを比較検討し導入まで至らしめるには、予算獲得という高いハードルが待ち構えています。
お金に余裕のない企業になればなるほど、システム導入がうまくいかなかったときのリスクは大きいでしょう。
そんな中小企業の救世主となるべく、昨年より国税庁が無償で「年調ソフト」の提供を開始しています。
今回の記事では、年調ソフトのメリット&デメリットをまとめました。
果たして国税庁「年調ソフト」は、年末調整事務担当にとって本当に救世主となるのか!?
年末調整事務担当者様のご参考になれば幸いでございます。
国税庁「年調ソフト」とは?
年調ソフトは、国税庁が提供する無償のソフトウェアです。
従来の年末調整では、会社が従業員に申告書を紙で配布し、従業員が手書きで作成し会社に送り返すという形で行われていました。
画像引用:年末調整手続の電子化概要図
年調ソフトを使えば、従業員が自分のスマートフォン等に年調ソフトをダウンロードし、ソフトのナビゲーションに沿って答えていくだけで簡便に申告書を作成することができます。
また、データで送信することができるので、24時間いつでもどこでも簡単に提出できるようになりました。
画像引用:年末調整手続の電子化概要図
へ~、年調ソフト便利そうだな。
国税庁「年調ソフト」のメリット
これは便利!と思われる年調ソフトのメリットを3つ紹介します。
完全無料のお手ごろさ
なんといっても完全無償で使用できるのは大きなメリットです。
参考までに、ITトレンドサイトより民間ベンダー提供の「年末調整支援システム 」ランキング上位10社の金額は以下の通りです。
ソフト名 | 初期費用 | 金額 |
年調ヘルパー | 5万円 | 一人当たり@300円 |
S-PAYCIAL with 電子年調申告 | 初期構築費用50,000円 基本料金10,000円/年 |
一人当たり@300円 |
ジョブカン | 初期費用 0円 | 一人当たり@400円 |
SmartHR | 別途お問い合わせ | 別途お問い合わせ |
マネーフォワードクラウド年末調整 | 別途お問い合わせ | 別途お問い合わせ |
人事労務freee | 別途お問い合わせ | 別途お問い合わせ |
jinjer給与 | 別途お問い合わせ | 別途お問い合わせ |
【500名以上向け】年末調整Web申告 | 初期費用:基本パック200,000円 | 一人当たり@500円 |
クラウドハウス労務 | 別途お問い合わせ | 別途お問い合わせ |
オフィスステーション 年末調整 | 別途お問い合わせ | 別途お問い合わせ |
年末調整を電子対応できるソフトは、民間企業から数多く発売されていますが、そもそも年末調整は1年に1度の業務のため、それ単体でのシステム利用というよりは、既存の給与システムに付随するオプションという立てつけでの利用となるケースが大半です。
そのため、いざ導入するとなると既存の給与システムを置き換える必要があるので、かなりの労力がかかります。
その点、国税庁の「年調ソフト」は無償で提供されているので、電子化を進めるハードルが低いです。
無料でお試しできるのはありがたいよ!
アプリのUIが見やすく控除ナビで簡単に作れる
昨年度に実際に使ってみた感想を調べてみたところ、UIが見やすく作成しやすいとの意見が多かったです。
個人的な感想ですが、画面入力であれば、紙のようにどこから書いたらいいか迷うこともありませんので作成しやすいように感じます。
スマートフォン操作に慣れている人が入力する分には特に困ることはありませんでしたし、生年月日等の入力した内容から判断できる部分については自動判定になっており、人間が考えて選択する必要がないというのは良いと感じました。
わからない部分については各画面で解説を読むことができますので、不明点があった場合もその場で確認し理解したうえで入力することができます。
ただし、マイナスな意見もありました…
画面遷移も多く、入力もけっこう面倒なので「これで入力するならもう紙に書いて提出すればいいや…」と思わせるためのアプリなのではと勘繰りたくなる仕様でした。
私もスマホにアプリをダウンロードして試してみました。年調ソフトは公式アプリストアから入手できます。
画像引用:国税庁
スマホでQRコードを読み、インストール。
インストールしたアプリを立ち上げ、「控除申告書を作成する方はこちら」をクリック
「受けられる可能性がある控除を確認」をクリックし、
ナビにしたがって答えていくだけで
申告書が簡単にサクサク作れるな~と感じました。
独身で保険未加入、住宅ローンを組んでいない若い世代の従業員にとっては、比較的簡単に年末調整が済ませられてかなり便利だと思います。
マイナポータル連携で手続き簡素化
また、保険料控除や住宅ローン控除といった控除にかかる証明書の提出が多い場合は、「マイナポータルと連携」をとる事で、年調ソフトに控除証明書を電子データで取り込むことができ、手続きを簡素化することができます。
マイナポータル連携?
マイナポータル連携とは、年末調整や確定申告の際に使用する保険料控除証明書などのデータをマイナポータルを通じて一括取得する仕組みです。
マイナポータル連携を行うには、マイナンバーカードを取得しておく必要があります。
複数の証明書の提出が必要な従業員にとっては便利だね。年調ソフトどんどん使いたいぞ!
と思いきや、昨年度は年調ソフトの普及率はかなり低かったようです。
以下は、給与ソフトを販売する株式会社Cellsが2021年2月に独自に行ったアンケートです。(回答者93名)こちらのアンケート結果から、年調ソフトの普及率の低さが伺えます。
Q:国税庁の「年調ソフト」を知っていますか?
こちらの回答から、年調ソフト自体の認知度は50%ではあるものの、
Q:年末調整手続きで「年調ソフト」を利用しましたか?
年調ソフトの利用率は0%という結果でした。
アンケート結果から、年調ソフトを利用したくてもできない、または導入するメリットが感じられない、という理由が見えてきます。
国税庁「年調ソフト」のデメリット
調べたところ、年調ソフトの導入にはザックリ3つの障壁がありそうです。
従業員のITリテラシーの障壁
各従業員がそれぞれのPCにソフトウェアをインストールして、入力操作をしなければいけないので、従業員にある程度のITリテラシーが求められます。
パソコンやスマートフォンを利用することが苦手な従業員が大勢いる会社の場合、年調ソフトの使用を強制すると、従業員からのブーイングおよび問い合わせが頻発し、かえって処理が進まない可能性があります。
マイナポータル連携状況とマイナンバーカード交付率の障壁
「マイナポータル連携」を利用することで、複数の控除証明書等を一度の処理で取得することができ、手続きの簡素化が期待できることはメリットです。
しかし、マイナポータル連携には、控除証明書等の発行主体が電子化の対応をしている必要があります。
現時点のマイナポータル連携状況を確認すると、まだまだ未対応の会社は多そうです。
また、マイナポータル連携にはマイナンバーカードが必要ですが、現在のカードの交付率は38%と半数にも及びません。画像引用:https://www.soumu.go.jp/main_content/000773377.pdf
マイナンバーカードの発行手続きには約1カ月かかるので、事前に従業員への周知徹底が必要になります。
このため、年末調整事務担当にとっては、紙とデータの2重管理が発生することはさけられず、従来の紙の年末調整と同等の労力を必要としてしまいます。
連携できる給与ソフトが少ない
2021年10月現在、連携できる給与ソフトはまだまだ少ないです。
( ..)φメモメモ
国税庁「年調ソフト」と民間給与ソフト(一部)の連携状況????奉行→NG
????PCA→NG
????弥生→NG
????ソリマチ→OK民間ベンダーとの連携に課題がありそう。#年調ソフト #年末調整電子化 #年末調整 https://t.co/Khon2jcs2B pic.twitter.com/ohL3cmU4g5
— ゆるむ@ブロガー1年目+RPA勉強中 (@u_room_) October 11, 2021
給与ソフトと連携できなければ、提出されたデータの出力・変換といった手間がかかってしまうので、年末調整事務担当にとってはメリットがありません。
また、年調ソフトで作成・出力したPDFファイルは見づらく、一つの申告書でも情報量によっては複数ページに渡ります。
従来の申告書とフォーマットが違うぞ!給与ソフトの仕様は従来の申告書のフォーマットに沿ったものだから、従来の形式で書いて出してもらった方が入力しやすいかも。
回収したデータを見ながら、給与計算ソフト等に手入力するのはかなり大変そうです。
「年調ソフト」を使うなら、データをシステム取込する前提でないと、年末調整事務担当の負担は増えそうです。
とはいえ、年調ソフトは始まったばかりなので、今後連携が進む可能性はあります。
まとめ・年末調整事務のDX化には越えねばならない多くのハードルがあった
年調ソフトの利用率上昇のためには、
- 民間の給与ソフトとの連携
- 保険会社等のマイナポータル対応
- 従業員のマイナンバーカード作成
など、越えなければならない多くの壁があります。
そのため、国税庁の年調ソフトを使ったからと言って年末調整事務手続きが完全電子化できるとは限りません。
しかし、昨年に比べるとマイナポータル連携を行う民間会社も増え、マイナンバーカードの交付率も15%から40%近くまで上昇しています。
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年末調整制度は主に行政の仕組みであるため実現に向けては行政による主導が必要になることからで提言を行なうとともに、民間事業者からも一定の関与と強力な後押しが不可欠と考え、研究会は引き続いて提言内容の実現に向けて積極的に活動するとしている。
今後、官民の協力のもと、年末調整事務手続きがどんどん簡素化されていく流れであることは間違いないようです。
国税庁「年調ソフト」は昨年よりも使用環境がよくなっていることは間違いないです。試してみる価値ありです!